年を取るとなぜ不機嫌になるのか

先日、住んでいるマンションの排水管清掃がありました。
私の部屋は午前中の予定だったのですが、うっかりインターフォンをオフのままにしており、気が付いたときには正午前になってしまっていました。
これはいかん、と急いで1階に降り、業者の車に駆け寄ってインターンフォンを切っていたことを詫び、他の部屋同様午後から清掃してほしい旨を伝えたのですが、70代後半と思しきその業者の方は「チッ」と舌打ちをされ、「ノックもしたんだけどさあ!」と嫌味を言われました。客に舌打ちした上にタメ語ってどういうことやねん。ということで、改めて「高齢者不機嫌問題」について考えてみたいと思います。

ところで、自分で話を振っておいて何ですが、当然、高齢者の方全てが不機嫌というわけではありません。
もちろん個々人の性格の違いは大きいですし、「たまたま」虫の居所が悪かった、ということだってあります。10代、20代の若い方々でもキレて事件になっていたりしますし、一概に「高齢者」というくくりでは語れません。ただ、人様に横柄な口を聞く率は高齢者の方が多い(※あくまで私の所感です)ような気がします。
私自身はまだかろうじて高齢者ではないですが、このまま年を取れば確実に高齢者になるわけで、自分の身に起こりうることとして、なぜ年を取ると「不機嫌になる」のか、自分なりに考えてみました。

①体の不調

年を取ると身体のあちこちにガタがきます。今まで病気ひとつしなかった人でも、腰や肩、内臓や血圧など、どこかしらに不具合が生じるようになります。身体が外・内ともに劣化してくるんですね。
かくいう私もいたって健康体でしたが、つい先月網膜裂孔の診断を受け。両目をレーザー手術しました。手術といっても、きれいさっぱり治るわけではありません。網膜剥離に進行しないための手術です。そう、「できることのMax=現状維持」になってしまうのです。高齢になればなるほど、その傾向は顕著になります。
そうなると、常にどこかしらの不調を抱えながら日々過ごすことになるわけです。病院に行っても完治しません。だって加齢が原因なんですから。そんな状態で他者に気を遣えと言われても、それはかなり難しいかもしれません。

②認知機能の低下

脳は加齢により委縮します。それに伴い、記憶、見当識、遂行機能などのいわゆる「認知機能」は徐々に衰えてきます。特に記憶については、少し前のこと(短期記憶)が記憶できなくなってきます。また、遂行機能が衰えてくると、行動の目標を立てて実行することや、状況に応じて行動を調節することが難しくなってきます。
以前できたことができなくなり、忘れてはいけないことも忘れるようになると、何とも言えない不安感に囚われるようになります。また、物忘れが進む一方、同時にとりとめのないたくさんのことが頭によぎるようになり、そのストレスでイライラするようになります。そうなると、自分の感情のコントロールはかなり難しくなります。

③年配者を敬わない風潮

「老害」という言葉が生まれて久しいですが、元々は“組織の世代交代・新陳代謝を阻む高齢層(新語時事用語辞典より)”といった意味だったのが、いつのまにか“世間・社会で迷惑なふるまいをする老人一般”といった使われ方をするようになりました。つまり、定義のハードルが下がったことによって、「老害」の言葉の認知度がぐっと上がったわけです。
加えて、超高齢化社会のこの日本。毎日のように「高齢者ドライバーの事故」とか「シルバーモンスター急増」とか、高齢者関連のニュースが報道されています。まあ、若者よりも高齢者のほうが多いので、母数が多い分高齢者のニュースが多くなるのは止むを得ないことだとは思うのですが、それにしてもいいニュースというのはほとんどない状態。あたかも「高齢者=社会のお荷物」と言わんばかりです。
最初にも書きましたが。全ての高齢者が不機嫌ではないですし老害でもありません。そういう人もいればそうじゃない人もいるわけです。たまにTwitterやヤフコメなどに、高齢者を一括りにしてかなり過激な意見を書いている方を見かけますが、そのコメントを自分の祖父母や親に言えるのかって話です。
誰しも年を取ります。高齢者をお荷物扱いする世の中であれば、いずれ自分も「老害」のレッテルを貼られてお荷物扱いされます。それなりにまっとうに生きてきて、人生の終焉で「老害」と決めつけられるのはちょっと嫌だなぁ。

④孤独の問題

高齢者ともなると、大事な人を亡くしている人は多いです。親戚、祖父母、両親、兄弟、親しい友人など。夫や妻、お子さんを亡くしている人もいるでしょう。彼らは二度と戻っては来ません。今まで培ってきた人間関係のネットワークを失うということは、自分の居場所を失うことです。
もちろん、趣味などを通じて新しい友人を作ることは可能です。でもそれはあくまで「今の」友人であり、過去の経験を共有し、苦楽を共にした存在ではありません。
自分のことを知っている人が一人ひとりいなくなる。そして、自分が知っている人も一人ひとりいなくなる。自分の生きた証明が、ひとつひとつ消えていくのです。その焦燥感と孤独感たるや、想像に余りあります。

以上、「年を取るとなぜ不機嫌になるのか」、理由を考えてみました。
次回は「不機嫌な高齢者にならないために」どうすればいいのか、考えていきたいと思います。
読んでいただき、ありがとうございました。

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