前回LGBTに関する記事を書きましたが、直近で経産省のトランスジェンダー職員に関する最高裁判決が出たことに加え、SNSなどで少し間違った解釈が広まっているようですので、今回はそれについて触れたいと思います。
さて、改めて『経産省トイレ利用制限訴訟』のあらましについてですが、
原告は男性として入省後、1999年ごろには、生物学的な性別は男性だが性自認は女性であるという「性同一性障害」の診断を受けた。
原告は2009年、経産省の担当職員に、女性の服装での勤務や女性トイレの使用などの要望を伝えた。これを受け、2010年に部署の職員に対し、原告の性同一性障害についての説明会が開かれた。説明会でのやり取りを踏まえ、女性トイレについては、勤務するフロアから2階以上離れたフロアのトイレを使用するよう言われた。
健康上の理由から性別適合手術を受けていないが、2011年6月、当時の上司は、原告に対し「性別適合手術を受けて戸籍の性別を変えないと異動できない」などの異動条件を示した。話し合いの中で、その上司からは「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか」といった発言もあった。
原告は人事院に対し、職場の女性トイレを自由に使用させることなどの行政措置の要求をしたが、人事院は2015年に要求は認められないと判定した。
1審の東京地裁は、経産省の対応について「自認する性別に即した社会生活を送ることができることという重要な法的利益を制約するもの」と指摘。トイレの使用制限を国家賠償法上違法と判断した上で、国に慰謝料など132万円の支払いを命じた。
2審の東京高裁は「処遇は原告を含む全職員にとっての適切な職場環境を構築する責任を果たすための対応であった」などとして適法と判断。上司の発言については違法と認め、11万円の賠償を命じた。
2023年7月11日 弁護士ドットコム
といったことで、①もう10年以上前に職場で性同一障害についてはカミングアウト済みであり周囲からの一定の理解は得られていた、②(階は違うとはいえ)10年以上前から女性トイレの使用自体は既に認められていた、といった状態でした。
で、最高裁がどのような判決を出したかといいますと、
最高裁は、原告が性同一性障害であるという医師の診断を受けており、自認する性別と異なる男性用のトイレを使用するか、勤務するフロアから離れた階の女性トイレなどを使用せざるを得ず、「日常的に相応の不利益を受けている」と指摘。
今回のケースでは、以下のような事情から、原告が庁舎内の女性トイレを自由に使用することについて「不利益を甘受させるだけの具体的な事情は見当たらなかった」とした。
・健康上の理由から性別適合手術を受けていないが、女性ホルモンの投与や女性化形成手術などを受けるなどしている
・性衝動に基づく性暴力の可能性は低い旨の医師の診断も受けている
・説明会のあと、女性の服装などで勤務し、勤務するフロアから2階以上離れた階の女性トイレを使用するようになったことでトラブルが生じたことはない
・説明会で、原告が勤務フロアの女性トイレを使用することについて、担当職員から数名の女性職員が違和感を抱いているように見えたに止まり、明確に異を唱える職員がいたことはうかがわれない
・説明会から最高裁判決までの約4年10カ月の間に、原告の庁舎内の女性トイレの使用について、特段の配慮をすべき他の職員がいるかどうか調査がおこなわれたり、処遇の見直しが検討されたりしたことはうかがわれないその上で、女性の要求を認めなかった人事院の判断は、「具体的な事情を踏まえることなく他の職員に対する配慮を過度に重視し、原告の不利益を不当に軽視するもので、著しく妥当性を欠いたもの」などとして、違法と判断した。
2023年7月11日 弁護士ドットコム
ということで、最高裁としては「人事院の判定は裁量権の逸脱・乱用で違法」との判断だったわけですが、今回のケースは前述した①・②の事情にプラスして、③原告は継続してホルモン投与を受けており、性暴力に及ぶ可能性は低いとの医師のお墨付きあり、④原告が女子トイレを使用するようになってから特にトラブルはない、⑤「(原告が女子トイレを使用することについて)数名の女性職員が違和感を覚えている」といった具体的根拠がない(“そういう風に感じたから”レベル)、といった事情もありました。
だからこそ、裁判官全員が異例ともいえる補足意見を出し、
- 本当に女性職員が違和感を感じているんだったら、それは経産省がトランスジェンダーに対する教育をしてなかったからじゃないの?もっと早く研修するとか、手は打てたよね?
- トランスジェンダーに対しては、世の中的にただでさえ偏見があるんだから、「なんとなく女性職員がいやがっているように見えた」だけで判断しちゃダメでしょ。
- この判決はこの事情だから出たのであって、世の中一般の公共施設とかのことを言ってるんじゃないからね。ケースバイケースよ?
といったフォローをしていたわけです。
SNSなどで間違った解釈をされている方をときどき見ますが、今回の判決につきましては、「身体は男性だけど心は女性だから女子トイレに自由に入ってもよい」といったことでは決してありません。
したがって、「女性の権利が侵害されている」とか「変質者を取り締まることは不可能」ということにはなりません。
なので、もし公共の女子トイレに男性が入ってきたら、「心は女性です!」と言われても迷わず通報しましょう。
また、繰り返しになりますが、この判決は諸々の事情があってのものです。よって、今回の判決が出たからといって、全ての企業がトランスジェンダーの社員に女子トイレを使用させなければならないということではありません。
ただし、トランスジェンダーに関する社員教育や偏見の払しょくについては当然注力していくべきでしょう。
読んでいただき、ありがとうございました。